米(玄米、白米)を売買する商人。
業態は複雑である。
米は前近代では貢租であり、流通には制約があった。
古代の8~10世紀の公営の市(いち)では余剰米が米廛(こめてん)(店)で放出、販売された。
中世の14世紀には港々の問丸(といまる)は米問屋の機能を果たし、15世紀には先進地域の市で米を量り売りする女性の米売りがいたし、16世紀には京都に米座(米屋座)ができて米の売買を独占していた。
近世の17世紀になって、米は大量に売買され、いろいろな米商人が現れた。
米の取引は大坂と江戸が中心で、流通米には蔵米(くらまい)と納屋米(なやまい)とがあった。蔵米は幕府、諸藩の年貢米(ねんぐまい)の払下げ米である。